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観音堂


全国観音札所の100体の観音を収蔵する観音堂です。
 

栃木県重要指定文化財の佐野百観音は、江戸時代初頭より観音堂があり、普門山観音寺と称し、享保年間に観音寺住職了覚上人が発願、地元佐野の天明鋳物を用いて、元文元年(1736)11月11日に、坂東33観音、西国33観音、秩父34観音、合わせて100体の観音様が当時の鋳物師達の競技の作として作られた。そして翌年の元文2年4月日光山御門主より良覚山観音院唯信寺の号を賜る。幕末より台元寺が管理していたが、明治6年唯信寺は廃寺となり、台元寺に統合される。




観音像
small product photo   御本尊の、十一面観音は、大永4年(1524)今から483年前の作である。この本尊は、12年に一度、午年にのみ、5月5日から1ヶ月間だけ御開扉(おかいちょう)といい、扉が開かれる。現在では、毎年5月5日子供の日に大祭があり大護摩祈願が行われる。また、毎月18日が縁日とされ、御堂が開かれる。
御本尊 十一面観音
大永4年(1524)

 

 

       
 
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天台宗那智山 青岸渡寺
住所:和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8番地  
電話:07355−5−0404

仁徳帝の時代(313〜399)にインドの僧裸行上人によって開基された。上人は熊野浦に漂着し、那智の滝にて修行を積み、観世音を感得した。その後推古天皇の時代(593〜628)に堂宇が建立され、大和の生仏上人が如意輪観音を安置された。
裸形上人の後、役行者、伝教、弘法、智証、叡豪、範俊ら高僧が相次いで法燈を守り続け、那智七先徳と称せられる。日本一の那智の滝の元、一方では熊野三山(本宮、新宮、那智)のひとつとして、もう一方では西国観音巡礼第1番札所として、現在も多くの人が行き交う。
西国33観音霊場 第1番札所
如意輪観音
天台宗那智山 青岸渡寺 寄贈
           

 


収蔵物

           
             

寺宝 観音堂鰐口

聖徳太子像

観音堂扁額 圓通閣

観音堂建立記念碑
     
佐野天明鋳物師の丸山善太郎が亡くなった父善太郎清盈の菩提を弔う為に奉納した。撞座がきれいで保存状態が良く、江戸時代中期の天明鋳物の特長を良く表している。       観音様は耳根(聴覚)圓通(あまねく通じ達すること)に秀でていて圓通大士とも云われ、おわす宮殿を「圓通閣」という。    

観音堂天井絵

了覚上人坐像

文殊菩薩像

台元寺第31世住職肖像画

     

天井にある「雲竜絵」は佐野市犬伏下町在住の日本画家、故小林草月氏が昭和42年に描き寄進したものである。

  佐野百観音造立を発願した僧。この坐像の経歴は不明である。      

寿法院権大僧都実道和尚。戦時中の金属供出令を受けたが、檀家総代長の飯島春蔵氏、冥賀冨吉氏等の尽力により免れ、百体の観音像が製作当初のまま保存されている。






 
   

和光山持廣院台元寺
〒327-0806 栃木県佐野市犬伏上町1892
TEL 0283-23-0141 FAX 0283-21-0254



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